★コンテンツ
・ひろしのリレーブログ の紹介
・インディアンバトル ゲーム&ウォッチ のカタログの紹介
・当時の「根城」「カリフォルニア」と「無線パーツ」
・インディアンバトル ドット絵の紹介


丹波寛斎(以下 寛斎):そーなんですよ。 【第6回リレーブログ クリエーター編】”ニンジャウォリアーズ”辻野様 という記事がBEEPさんのページに載ってまして…
ぜくうさんに連絡して、「もしかして ひろし と連絡取れますか?」って聞いたら、「取れる」と!

ひろし:偶然なのか、同時期に同じようなことを考えてたのかなw 俺はリンクOKだし、BEEPさんからももうリンク許可をとりつけちゃってるんだってねw

怪獣:ひでごんす(以下ゴンス):メールもらってすぐ読んだけど、スゲーおもしろかったよ(笑) なんかね、フラッシュバックじゃないけど、思い出したんだよね、いろいろと。(笑)
で、シカゴから帰ってきたひろしとも早速新宿で飲んだし。あんた、このブログ始めて良かったよ。おかげでまたひろしにも会えたしね。再会は30年振りぐらいかな…

ひろし:ぜくうさんから「高岡で変人がブログ始めたんで、覗いてみてください」って連絡が入ってねw これからもちょくちょく顔出すからよろしくね。

寛斎:「3人寄れば山岳会」(by AM LIFE)じゃないですが、3人の記憶で補完していけば、当時の振り返りの精度も高くなりますかね?(笑)

ひろし:いや、実は当時のことはリレーブログに書いた事以外はほぼ記憶に無いんだよねw

寛斎:もう補足不要な程、設立の経緯が赤裸々(笑)につづられてますね。Tampa設立経緯については、ひろしのブログで!(爆)
設立のところ以降はあまり覚えてないんですね…

ひろし:まぁ、話してるうちに徐々に思い出すんじゃないかなぁw

ゴンス:次は編集会議よろしく、3人で飲めばいいでしょ(笑) で、このひろしのブログを見てて、あんたにも話した事のない未公開情報を思い出したんだよ。
「『ゲームメーカーにファンレターを送ったら、チラシがもっともらえるかも』といった考えに至るようになります。」はその前に実際に「成功体験」があっての発言だったんだわ。
最初の最初は俺が、みんなと根城にしてたゲーセン カリフォルニアかどこかで「ゲームのカタログ」というものが存在することを聞きつけて、タイトーの本社に手紙を送りつけました。
「インディアンバトルをやった。おもろい。」と、ちょっとの感想を書いて、「カタログください。」と。そしたら、パシフィック工業(タイトーの開発部門会社で後の中央研究所)の企画課課長 上野さん(後の上司)から返事とともに、3つ折のインディアンバトルのカタログが自宅に届きました。
当然、2人に大自慢です。このあたりからスタートしてる気がします。

インディアンバトル表s
インディアンバトル裏s

■ 画像 インディアンバトル カタログ表裏


寛斎:あぁ、上野さん。この前カタログ整理してたら出てきた、私が1986年の夏休みに中央研究所でバイトしたときの「契約書」を取交したのも上野所長とでした。へぇ~。闇雲に送りつけ始めたのではなく、一度経験して味をしめた と(爆)

ゴンス:まぁ、そーいうことですなぁ(爆)

ひろし:で、自慢してたんだけど、せっかくのお宝(カタログ)に折り目がついてて、まあまあがっかりしてたのを思い出したw

ゴンス:だから大々的に全メーカーに送りつけて(爆)、折り目が無いヤツをもらおうと(笑)
寛斎:なるほど、なるほど。当時ゲーム&ウォッチのカタログというかチラシはおもちゃのバンビとかに置いてあってもらってきてましたが、アーケードゲームのカタログがあるのを知ってる子供なんて、家がゲーセンやってるヤツとかだけでしょ?

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■ 画像 ゲーム&ウォッチのチラシ


ゴンス:俺も「根城」の作業場とかに入れてもらうまでは、そんなものがあることは知らなかったんだわ。

寛斎:ひろしのブログにある「根城」ですが、当時の画像なんてないので、某動画サイトで北陸の廃墟とかを紹介している「チカモリ情報局」さんのマネして、図書館で住宅地図をコピーしてもらってきました。
1981年版ですが、もう出てますね。高岡駅から当時の農協病院、現在は厚生連高岡病院と呼ばれてますが、その間で病院の少し手前、これも今は「あいの風鉄道」になった北陸本線と並行する道路沿いにあったという。
建物はまだ残ってて、「フォル」跡地はヤクルトに、「パーツ」跡地はレンタル物置かな?になってます。なかや旅館は今も「職人の宿」みたいな感じで絶賛営業中ですよ。

カリフォルニア
カリフォルニアL

■ 住宅地図 根城 カリフォルニア


ゴンス:チカモリさんは、俺もたまに見てるよ。で、いつもいたのが「ゲームズ カリフォルニア」俺たちの間では通称「フォル」ね。(笑)
で、その隣の「無線パーツ高岡店」に当時出たばかりのシャープMZ80Bがデモ機として使い放題だったんだよね。資金難の俺たちは「フォル」でドット絵描いたり、パーツでマイコン雑誌掲載のゲームプログラムを打ち込んで「タダゲー」するのに必死で…(笑)

寛斎:私はアーケードゲームの「エッセンス」というか本質的なところと、サウンドとビジュアルを同じぐらいに重視してたので、当時の貧弱な性能のパソコンで〇とか▽が画面内で動き回って「ピー」とかしか音がしないPCのゲームには全く興味なかったですね。
だからゴンス達と違って、おもちゃのバンビのゲーム&ウォッチのデモ機とか、カセットビジョンのデモ機の方がマシだと思って、中学時代はおもちゃのバンビには良く行きましたね。
バンビは2018年だったかに、高岡からは撤退しちゃったんですよね。時の流れを感じざるを得ませんね。

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Dot-IndianBattle002s
■ インディアンバトル ドット絵
ゴンス:あんた、インディアンバトルのドットも拾ってたの? これも俺は見てないな。

寛斎:ひろしのドット絵を見てからというもの、寝ても覚めてもドットというか(爆)
カタログに載ってるドット絵も次々に模写してましたね。これはカタログの画面写真を拡大鏡で見てカタログ裏のドット絵以外のも拾ってたんですが、幌馬車も拾ってた記憶があるんですよ。ドット絵として模写したページに残ってないんですけどね。どこかに下書きして清書してないのか…
ゴンス:あんた家帰って、そんなことしてたのね。(笑)
で、ひろしのブログには出てこないんだけど、「フォル」と「パーツ」でS兄弟と知り合うんだよね。
寛斎:初期のTampaでVitamin AM誌上にもたまに登場してた、後にナムコで「パックマニア」を作ったSさんと、その弟が後に会員番号6番で私と共に第2期スタッフになる原始人ですね。この2人がいなかったらTampa第2期、ナメゴンが加わる第3期は無かったかもしれないという「キーマン」達ですよ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
ゴンス:そーなんだよね。俺ら発起人も、あんたも、お互いに「Sブロス」と知り合わなかったら、Tampaとしてツルむこともなく、物持ちのいい管財人のあんたがweb TampaでVitamin AMを再録することもなく…
寛斎:Tampaは歴史の闇に葬り去られた、と(爆) なんかプロジェクトXみたいになってきましたよ(笑) Xと言えば、TACOさん、見てる?(笑)
ゴンス:いや、見てないでしょ(笑) 国内にいるのかもわかんないから。
寛斎:TACO Xと言えば、イカY(笑) カトルフィッシュYと言えばダライアスなんですが、そろそろおしまいにして、次回「笑撃の出会い」へ
ゴンス:じゃあまた来週!